人生の中で1番幸せを感じた瞬間は?
と唐突に聞かれ、あなたは答えられますか?
私は誰しも幸せな瞬間はあるはずなので
即答できると思っていました
二人の女性に質問してみると
A子さんは「うーん。何やろ?」と
暫くあーでもない、こーでもないと語りはじめ
「ところで、あんさんは何?」と逆に聞かれ
私が54年の人生の中で1番の幸せを感じたのは
長男の出産直後、分娩室で彼を抱いた時だ
あの感動というか、幸せな気持ちは
後の子供には申し訳ないが、別格だった
この先の事は分からないが、あの気持ちを超えるものがくるとは思えない
とA子さんに答えると
「やっぱりねぇ。一般的にはそうでしょう」
「でもね、出産が苦しくて死ぬ思いをしたので産んだ後放心状態」
「嘘でも、出産が幸せとは言えないなぁ」と又考えはじめる
私の友人も
陣痛が何十時間も続き、それこそ日付
が変わっても痛み続け
ついに耐えかね病院の窓から飛び降りようと何度も思ったらしい
そういう極限状態の後に幸福感が訪れないのも当然のこと
「私は、女性の一般論を聞いてるのではなく、貴方にとって何が1番やったか聞いてるの」
「自分の中で1番ってあるはずやん」
「いや。でもそれに勝る位の幸せな事を答えたい」
「どうしても好きで好きで仕方なかった人に声をかけ
話をした時は幸せやったなぁ」
「あっ!でも、それでは小さい」
「中学の時、海外留学して現地に降りた瞬間」
「これなら、いいわ!それにする」
別の日にB子さんに聞くと
「あっーないわ。幸せって感じるような事」と苦笑い
「そんな事ないやろう、絶対にあるって」と言うと
「子供は元々好きちゃうし」
「結婚はそれこそ絶対ちゃうし」
「そんな事人に言うもんちゃう。と思ってない?」
「それは無いけど。ほんまに無いなぁ」
「マジかっ」
今日の私は幸せか?なんて考えて日々の生活を送る事はない
けれど人生において幸せな出来事の
一つや二つはあってもおかしくはないと思う
A子さんは、幸せを他人と比較した基準で答えている
私が感じた幸せの瞬間の大きさを
推し量るのは私以外誰も出来ないはず
逆に私にはA子さんが中学生の頃感じた
その気持ちを、想像が出来るが体感
は出来ない
自分の幸せは他と比較しようの無いものだ
一方
幸せな瞬間がないと言ったB子さんの言葉が本当だとしたら
幸せを感じアンテナを持ち合わせていないか
「幸せ」がとてつもなく大きく
驚くような出来事でなくてはならいと
思っているからだと思った
「幸せ」とググれば数多くの法則が唱えられている
これは世間の多くが幸せを求めているからではないか
地位か名誉かお金か?はたまた愛か?
人は環境で幸せと感じるのか?
幸せは私の主観、自分の心が決めるものだと思う
そんなエピソードをコラムにしました
本日11時に第3回のコラム掲載されました
前後編に分かれており今回は前編です
読んでいただけると嬉しいです
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おかげ様で重版決定致しました!



