(*一度掲載した記事ですが、消えてしまったので、
再掲載させていただいています)
こんにちは~![]()
消えてしまったブログの再掲載です。
写真は残っていますが、
でも書いた文章はなく、覚えていないので、
新たに書きます。
よろしくお願いします。
私が38歳のころ、会社勤めを辞め
夫婦で脱サラをし、農家になりました。
最初のころは何もわからなくて
2人で試行錯誤しながら、
でも毎日ずっと一緒にいられるのが嬉しくて、
大変だけど、充実した日々でした。
でも今から6年前、主人が52歳の時、
帰らぬ人となりました。
自分の命よりも大切な人でした。
亡くなってからも、私が辛いとき、悲しいとき
夢に出てきてくれて、話はしませんが
微笑んでくれます。
「ワシは死んでも桂子を守る」
そういう風に言っていたことがありましたが、
亡くなってからも、
今もまだ、その約束を守ってくれている誠実な人です。
そして昨年の2月、
自然豊かな美しい村をあとにして
私は1人で街に行きました。
農家を辞め、家も全てを諦めた理由は
それは私の心の中に置いておきます。
書くことができないからです。
そして農家を辞めた私は、家を探したのですが、
自営業の上に、農家を辞めているので
実質「無職」です。
無職の私が借りれる家なんて、なかなかありません。
でも親身になってくださった不動産会社の方が
諦めずに一生懸命探していただき、
やっと1軒だけ見つかったんです。
私の再出発の城。
家具も、食器も、調理器具も何も持っていない状態でした。
だから最初は布団セットが1つ。
テーブルがわりのダンボール。
そして照明もないので
昨日、ブログに書いたソーラーライト。
何もないけれども
それでも私は、とても幸せで、心地よく
嬉しくて、未来が見えて、
どう表現したらいいのかわかりませんが
とても感動して、
薄い布団の上に座り、
ソーラーライトをずっと見つめ
微笑んでいた記憶があります。
そのあと、7月には念願の、一番したかった手術をしました。
手の腱が断裂したまま
3年間、病院に行けなかったので
病院を何件も周り、
なんとか元に近い状態に戻してくれる
先生を探しました。
このようになった時に、すぐに手術をしていれば
100%元に戻ったのですが
出来ませんでした。
3年経過したいま、
手術しても元に戻る保証はない。
もしかしたら、今よりも悪くなるかもしれない。
そういう風に言われましたが、
それでも、自分の「運」にかけてみよう。
何もしないで諦めるよりも、
やってみて、ダメだったら仕方がない。
不自由な手でも何か私にできることがある。
そう思い、先生に
「今以上に悪くなる覚悟はできています。
でも治る可能性が少しでもあるのなら、
手術をしてください。
私は結果がどうであれ、満足なのです。」
そうして手術をしてもらいました。
腕の他の腱を取り出し、手に移行する手術です。
結果、
成功しました。
自分の運を信じてよかったです。
そして、リハビリをして、
自分の城で料理を楽しむようになりました。
夏は、万能酢。
これさえあれば、パパっと酢の物が作れます。
莫大にあった食器も、調理器具も
寄付をしたので、
この時の器はタッパとか少しだけ持ってきた
食器でしたが、
それでも自分の為に作る料理は楽しかったです。
2月に家を出て、
2ヶ月かかって自分の城を見つけ、
その3か月後に念願の手の手術をして
3ヶ月リハビリや、他の体を悪くした所を治療し、
完全回復をし、
新たな仕事の為に専門学校に通いました。
そして昨年の12月から農家ではありませんが
社会復帰です♪
何度も何度も諦め、
地のどん底にいた私を救ってくれたのは
両親、兄夫婦、そして友達。
でも一番自分を救ったのは、
「自分」なんです。
自分は何もできない人間だ。
何の価値もない。
そう思っていた時期もありました。
でも輝いていた頃の自分を思い出し、
自分の心の中の「核」を信じ
私は決して諦めない。
私には出来ると言い聞かせ、
這い上がりました。
藤井風さんの
「grace」という歌。
この歌は、自分の中にいる、もう1人の自分と向き合い
強くなるという歌詞なのですが、
この歌にも救われました。
色んな経験をしてきましたが、
今の私は悔やんでもいませんし、
運命であり、
今後の自分の為の肥料だと思うようにしています![]()
かなり、以前書いたブログ内容とは
変わってしまいましたが、
これが私が農家を辞めてから現在に至るストーリーです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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