🙂発達凸凹児の、自身のニガテへの対処を
どれだけ『頑張る』のか
〜小児科医Pさんのブログより〜
「苦手なことは克服しないー“そこそこ”を目指すー」
https://hattatsu-kids.com/?p=4046
いつもみたいに貼り付けできなかった(泣 なんでー![]()
P先生は、自身にASDの特性を自覚しながらも、記事は 支援者の立場で書かれている![]()
普段から 頑張らなきゃ、との思いで無理をしてしまう子には
「やらせる」より「回避」を勧めるのが安全、という考え方。
親としては、子供の現状を冷静に観察して
高すぎる目標を設定していないか、逆に親が勝手に道を狭めていないか、
時々見つめ直すことが、継続的に重要なのだと思う。
で、
発達凸凹児の親である自分は、
“支援者” であり
“当事者” でもあると、私は思う。
先日、
当事者としてバスっと来る記事に出会った。
〜Koutonさんのブログより。
リブログ許可ありがとうございました🙇♀️〜
📝個人的にこちらの記事と、中の“ひよ子”さんのコメントを併せて読みたい
当事者側が、「生きやすさ」を
リアルに ゲットしようと思うときの心得だなと思った![]()
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当事者だからこそ言えることかも。
※Koutonさんのように、自己を理解したうえで、自分の意思で「対処しよう」と思っているという前提。
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保護者である私の立ち位置は、
“支援者” としては、
本人が周囲との関係の中で抱えているものが重すぎないか、冷静に見る目
“当事者” としては、
「生きやすさ」に繋がるものを自ら獲得して行こうという姿勢を後押しする
こんなところか![]()
幼い息子にこれから意識することは…
環境を選ぶ事と、
息子もいずれは自立するという視点に立ったSST。
日常がSSTになるために、まずは息子をそのまま肯定する環境に置く事。
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同じくP先生の別記事(「苦手なことはやらなくていい?」)に、
“書字が苦手な子に対して、P先生は写真に撮るなどの「書かない」対処法を勧めたが、
後日 学校の先生がうまく本人を導いて、
結果 書字に少し前向きになれた”
という小学生のお話があった。
そんな素晴らしいケースのように、
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マクロな視点の支援者(学校教育全体)
安全な道を提示。
ミクロ視点の支援者(担任教諭、保護者)
本人との信頼関係のうえで後押し。
本人
自信🌞
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息子が小学生になった時、こんな構図ができていたら嬉しい。