おはようございます☀️






前回の続きを書きます



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高校を自主退学し【3日目】で家から出された私


当時15歳



ズラリと並ぶスタッフ

(ほとんど年上)

歓迎などされてない雰囲気



「みゆきは明日から働く事になったから」




そう社長が手短に説明して

私は寮に入れられました


右も左も分からない

何していいのかも分からない

誰も教えてくれる人はいない


みんなくらい顔をしている


そんな美容院でした

実家から出されたと言う事は

【戻れない】と言う事


私は自力で生き抜いていかなければいけませんでした


必死に仕事を覚えました

教えてくれないならば 自分から聞きに行く


分からない事は全て聞きました

それでも教えてくれる人と

教えてくれない人といます



ほとんどが教えてくれない人

私は教えてくれる人にしがみつきました



働き初めてはじめてのお給料は

【5万円】

寮費が1万5000円

残り3万5000円での生活


更に光熱費を割り勘で支払う

遊ぶお金も 何も残らない日々


両親が迎えに来て辞めてく人も沢山いました



しかし 私にはいない

ここで生きて行くしかないのでした



美容院免許までは踏ん張る

それまでは辞めない



そう自分で決めて

3年間 実家へは帰りませんでした



だんだん同じ歳の子達と仲良くなって行きました

そこで社長から被害を受けた話を耳にするのです


この気持ち悪い社長は

未成年しか興味のない しかも

母子家庭 遠方から来ている等

事情がある子供達ばかりを狙うのです



給料上げてあげる

お前をコンテストに推薦しようと思っている


次の休みにルイヴィトン買ってやる



絶対服従だった その世界

社長の言う事は【絶対】なのです


断りきれなかった子供達が

被害者となり 精神を乱し

ある子は裏の洗濯機を赤いスプレーで塗りつぶす奇行をしていました



次は私に来るかもしれない



ならばだ。

予め社長に嫌われればいい


絶対服従をしなければいい

私は月に5万円の給料に対し

【上げなければ辞める】と社長に直談判しに行きます



専門学校から就職した子は

同じ事をしていても16万は貰っている


同期よりも仕事が出来る私が

何故5万なのか


ならば辞めます。



そうあの気持ち悪い社長に言いました


16歳の頃です

帰る場所のない私は 自分自身で生き抜いていかなければいけませんでした。



社長はすぐ私の給料を上げました


そしてハッキリ物事を言う私を嫌い始めたのでした



ならば売り上げで生き抜くしかない


シャンプーしか出来ない私は

物品を一生懸命売りました



気がつけば副社長に続く売り上げになっており


力づくで社長をねじ伏せたのでした



辞められたら困る

そうなれば また給料は上がります



順調かのように見えますが

【言いなり集団】から いじめが始まるのでした。



家を出されるまでは

【親】と言う自分の気持ちをぶつける場所があった


しかし 働き初めてからは

全てが【自分で考え】自分で行動しなければいけなくなる



無遅刻無欠席

嫌でも吐き気がしても私は働きました



親のいいなりにならずに済む代わりに 過酷な3年間を過ごす



泣いた所で状況や環境が変わる訳ではない

自分で解決していくしかない



こうして私は 【生きてく力】の土台を固めて行くのでした




続く




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最後まで読んで下さりありがとうございます┏●



今は生きてないであろう

その気持ち悪い社長

良き人生を終えたとは 到底思えません


自分に必ず返って来たでしょう

実際 私が辞めてから店舗が次々閉店しておりましたので…


子供を持つ親として

あの社長だけは 未だ許せません




次回は 3年間耐え抜いて

一時的に実家に帰宅したお話を最悪レベルで書かせて頂きます。



いつも拝読ありがとうございます┏●





3mama!!!!!



一生懸命頑張っても

私の両親は 私を【認めて】くれませんでした


そんな思いも 私の子育てに役立っております。


信じ抜く 認める大切さ

言葉に出す大切さを 私が経験し

今本当に役に立っています


感謝なのかも知れませんね

15歳で放り出してくれて…


あれから私の人生は変わり続けて行きます

幼い私 まだまだ失敗だらけの日々でした



シルバーウィーク最終日

(私はお仕事開始)


皆様 ゆっくり休んで下さいませ┏●



みゆき