先週、かねてより体調が芳しくなかった義母が他界しまして、週末はペナンに戻っていました。


ちょうど週末は次女の9歳のお誕生日だったのだけど、ドタバタと。



中国式のお式でfuneralまで亡くなってから3日間もしくは5日間chanting(お経をあげるみたいな)をするのですが、このあたりは義姉たちが全てやってくれていたので、夫は長男で喪主でありますが私たちは週末だけ帰省することに。


夫が大事なラインチェックのフライトが入っていたのもあって、それが終わってから通夜の最終日とお葬式の2日間出席してきました。


中国式なので、故人との関係でランキングが変わり、手を合わせる順番とかも変わってきます。


私は長男の嫁なので、実子である姉たちと同じ立ち位置でした。それに続いて我が子たちみたいな。



義母は高齢で夫を産んでいるので、亡くなったのも老衰に近く。生前は言葉の壁があるので、とりわけ何かたくさん会話ができたわけでないのですが、義母あるあるのような嫁いびりとか一才なかったし、常に笑顔で私に優しい人でした。孫である我が子たちのこともものすごく可愛がってくれてたし。



結局夏休みがきちんと会話できた最後でした。


その時に車椅子で、ペナンの街中を一緒に散歩しました。

義母が昔働いていたところとか、住んでいた家の周辺とか。連れて行ってあげれて良かった。ただただその時を思い出す。義母が自分の子供達の幸せを願って昔から手を合わせてきたお寺にも連れて行ってあげられた。


生前は何かもっとしてあげられたことはあったのではないかと考えてしまうけれど、8月に過ごしたあの時間はとても意味のあるものになったと思います。

残された私たちにとっても。




私もこの歳になっていよいよこういう別れがこの先増えていくよね。


私は父を15の時に亡くしていて、この世の無情さを思い知りました。そのときから何かこう死生観がただ悲しいとか寂しいとかそういうものを越えて、少し冷めた感情を抱く瞬間があるのですが、やはり身近な人の他界は変わらずズンと胸の奥に響きますね。




私の知る義母は周り常に気を遣って、なるべく迷惑かけないようにとする姿で、自分のことは後回しにしてきた人なので、そういう部分を見習って私もシャキッと生きていきたいです。


義母が可愛い可愛いと常に愛でていた私の子供達をしっかり育て上げなくては。