苦しみは澱(おり)となり深く沈む | 水面に浮かぶ水銀の月

水面に浮かぶ水銀の月

下級役人から見た、教育現場の内実や子ども達との日々を、愛を込めて発信しています。

シール なんか って
言ったね、父さん。


「 なんか 」 って。



 「 シール なんか 
 あげられるだろう?!

 お前って奴は!!!」



はじめて来た、人んちの
机の引き出し勝手に開けて

見つけたシールを
「 欲しい 」とぐずり、泣く。


叱るべきはそっちだろ?


固まって反応のオレじゃなく…



 上役の息子…?
 … だから、何?



知るか、そんなこと!!!




 「 映画に行くか?」


初めてだった。


子ども向けの、アニメ映画。

オレの趣味じゃなかったけど
そんなことは、どうでもいい。


父さんが、オレだけ
声をかけてくれたんだ。


姉さんではなく、オレに!!




そして、初めて二人で出かけた。




映画館の窓口でシールをもらった。
嬉しそうな顔をしたのかな?オレ。


 「 お前、そういうの
 好きだったのか?」


ちがうよ、父さん。


別に何でもいいんだ。ただ、
一緒に来た、確かな証拠』


今日のこの日が『 現実 』だって


確固な証しできた。
それが重要なんだよ。



 嬉しいなあ。



ああ、そうか。


 『 嬉しい 』って
 こういうことか。


これが


『 嬉しい 』って気持ちなんだな…




でも父さんは、今
なんかって言った。



 「 シール なんか 」 って!



もう、いい。



鼻水だらけの、
汚ねぇガキの顔の前で

ビリビリとシールを破った。



 「 お前って奴は!!」



張り手がとんできた。

口の中が切れて血の味がした。



 それが何だ?
 どうでもいい。



体の痛みなんか!!




あの日。

オレがどれだけ
嬉しかったか。

記念のシールを、
どんなに大事にしていたか。


 でも、そんなこと
 もう、どうでもいい。


『 嬉しい 』なんて


思ってしまったのが
いけなかったんだ。


『 大切だ 』なんて思わなければ


シールをあげること なんか
何でもなかったはずなのに!!



 … いや 、



 ちがうな
 そうじゃない。


言えばよかったんだ、オレが。


 「 このシールは宝物だから、
 あげられないんだ。ごめんね。」


そう言えばよかった。


 「 やだッ!!!

 あげたくない!!」


単純に、そう
叫んでもよかったんだ。


 オレだって、同じ
 「子供」なんだから。



だけど、声が出なかった。



何の言葉も浮かばなかったんだ。




あああ、もう!!


めんどくせぇなぁ!!!


「 感情 」なんて、めんどくさい!!



ほらみろ、
『 感情 』動かしたせいで

の中のが、まぁた増えちまった。




 うるせぇんだよ
 お前ら!!!



 人の頭ん中で


 勝手に
 喋るんじゃねぇ!!!



 あーあ …


閉じ込めといた嫌な思い出たち
まで、あれこれ出てきやがった。


 …ちッ!

また仕舞わなきゃ…



今度はもっと、奥に埋めよう。



今日の出来事も一緒に
もっと深く、記憶の底へ。



そしたらもう、次に起きた時には

この苦しさ

なかったこと なっているはず。



そうだろ?
たぶん、きっと



そうだよな…?