「これが愛じゃなければ」 | 水面に浮かぶ水銀の月

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下級役人から見た、教育現場の内実や子ども達との日々を、愛を込めて発信しています。

「 … いらっしゃいませ、」

の声の何かが引っ掛かった。



知っている声ではない。



商品を持ってレジに行き、

店員さんをチラッと見た。


どことなく米津玄師さん似の

お兄さん。何かが引っ掛かる。



失礼だとは思ったが、思わず

名札をチラッと見てしまった。


そこまで珍しくはないけど

ありふれてもいない、名字。




 … あの子は今、いくつくらいだろ?

 最後に会ってから、何年経ってる?




記憶の中にある少年の面影は

目の前のお兄さんには、ない。



せめて目が合えばわかる… かも?


でも、こちらがガン見しても

頑なに顔を上げてはくれない。




どーしよ。声掛けてみる?




逡巡しているうちに会計も済み、


でも、引っ掛かりを捨てきれず

振り向いてもう一度顔を見ると


観念したかのようにお兄さんは

顔を上げ、ふっと笑って頷いた。







大変な子だった。



2年生で、担当になった時には

すでに怒られすぎて荒んでいた。



すぐに火がついて、暴言 · 暴力。



私も、至近距離で顔面にボールを

当てられたことがある。油断して。




こうした子に、ヘタな

声かけなんて響かない。


距離の詰め方には時間をかけた。



私の叱責に、初めて泣き出した

時には、こちらまで泣けてきた。




あの頃は私もまだ30代だったから

ボール投げの相手も、よくやった。


お母さんが見学に来た時に


「 ママも一緒にドッジボールしよ。

先生強いよ!」と言ってくれたけど


あっと言う間に追い抜かれちゃった。




社会のシステムを変えてあげれば


発達障がいと呼ばれる

状態は、軽減するはず。


初めてそう、強く思わさせられた子。



うちの夫にも、よく似た所があって

「 俺も、発達障がいだ。」と

夫本人が気づくきっかけになった子。



ああ!そう言えば、あの頃から

あの子は米津さんに似ていたな。






彼かもしれないお兄さんに、

戻って声はかけなかった。


あちらは仕事中だし。



一人で育てていたお母さんと

よく、激しい親子喧嘩をして


「 あの子にいつか殺される!」

なんて、お母さん言ってたけど


ふっ、と笑ってくれた笑顔には

卑屈さも薄暗さも全くなかった。




人違い?… かなぁ?



だとしても、若者から笑いかけて

もらえるなんて、中々ないよね?



縁があればきっとまた会える。

その時には声をかけてみよう!