自閉症の特性か、幼児あるあるかわかりませんが、シシオはよく記憶の改ざんをします。


やってないのに→やった

できてないのに→できた


というものですが、頻回であること、直後に事実と違うことを言うので気になっていました。


CASE1

1人ずつ前に出て大太鼓を叩くとき、他の子はできたが、シシオは『お母さんも』と言い私と前に出てほぼ私が叩いた。

→太鼓を片付けた直後、『シシオ、どーんって叩けたね』と自分で言う。


CASE2

園庭開放イベントで模擬横断歩道を渡る。親子1組ずつ前に出て『左右見て手を上げて渡る』を激しく拒否しやらなかった。他の親子はできた。

→帰りの車内『横断歩道渡れたね。右と左見るんだよね』    別の日に『この前、幼稚園で上手に手を上げて渡れたね、シシオ偉い?』と自分で言う。


CASE3

胸のレントゲンを撮る時に大暴れ。大人3人がかりで押さえて撮影。

→検査台を降りた直後『レトゲン(レントゲン)上手にできたね。シシオ自分で上手にゴロンできたね』    帰宅後に『バアバに電話して。シシオ上手にレトゲンできたって言う』と自分で言う。


他にもよくありますが、だいたいこんなパターンです。本気で何度も事実と違うことを言ってくるのですが、わざわざ訂正するのもよくないような…滝汗   

ちょっと怖いですよね、数分たたずに大泣きして嫌がったことが成功体験に変わっている…。え。なんで?ほんき?虚言癖?妄想?滝汗みたいな。


はい、これも所長先生おばあちゃん💉に聞いてみました。

おばあちゃん💉『できた自分をイメージして成功の追体験をしていますね。それによりできなかった自分自身を癒しているんです。自分で自分を癒しているのでとても良いことですよ。自己肯定感がしっかり育っていますね』

ひらめき(私)『虚言癖ではないですか?』

おばあちゃん💉『10歳で言っていたら虚言癖かもね。まだ3歳なので気にしなくていいですよ』


ひらめき『参加してないのにやった気になっていていいですか?』

おばあちゃん💉『大人の考える参加と子どもの考える参加は違います。大人は実際にやってないと参加したと評価しませんが、子どもは他の人がやっているのを見ていても自分でやったのと同じように経験しています。

シシオくんは見ているだけで十分参加していますよ。人がやって、褒められているのを見て自分も同じ体験をしたように感じています』


なるほどポーンポーンポーン


療育や育児本で『参加せずに見ているだけでも褒めてあげて』みたいな記載がありますよね。私は療育によくある、『とりあえず褒めろ』的な意味に捉えていました滝汗


しかし所長先生のお話を聞くと


『見ている=参加している』  なので見ているだけでも褒められることで、成功体験として記憶に残る

  ↓

次に同じことをする時『前の時できた』という記憶から『やってみよう』と思える

 ↓

(他の子よりは時間がかかったが)できるようになる


こんな流れがあるのかもと推測しました。

せっかく連れて行ったイベントに参加もせず、そのくせ『できたできた』と平気で言うシシオを正直イラついて褒めるどころか『あんただけできてないよムキー』と思っていました(かろうじて口には出してない、親としてニヤニヤ    よかった、冷や水ぶっかけるようなことするとこだった滝汗)


シシオはテレビでアンパンマンが戦うときに、同じように体が動いて物を投げたりすることがあります(アンパンマンもあんまり見ないけど)。目でみたことと現実の境がまだ曖昧なのかもしれません。だからお友達がやって褒められた=自分もできて褒められた、に簡単に記憶が変化しているのかもしれません。


何はともあれ、今まで参加したイベントやお出かけがシシオの経験になっているようでよかったです。

シシオ、たいてい見てるだけですからね(親にわかりやすく参加するのは何歳からよ~笑い泣き)



 

  

  

 

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