盛岡食いしん爺日記
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夏日の日が続いたと思ったら急に肌寒くなった。
地球の環境もおかしいが、戦争を続ける国、
物価高の止まらない日本も不気味だ。
社会も異常な日が続き、不感症になってしまいそうだ。
テレビで総理や政府はガソリンに補助金、物価高対策などを出すと、
まるで自分のお金を出す様な言いぶりに聞こえる。
予備費や補助金は元々は私達のお金なのだ。
珈琲を飲みながら、そんな事を思っていた。
子供の頃、父の給料日前の特に1週間前は大変だった。
母は、どうもお金の計画性が薄かった。
父から満面の笑みで給料袋を預かると、
連日、豚肉が主といえすき焼きやトンカツ、
魚もマグロや鯛が食卓を飾った。
我が家の経済は半月もすると困窮する。
母は、私と妹を連れ自分の生まれ育った実家に行く。
昼ご飯をご馳走になり、
帰りがけに母の父、私のお祖父からお金をもらう。
私も祖父からと別に祖母からも小遣いをもらった。
父が遅いと帰りは母と私と妹で中華料理店。
ところが、給料日の数日前になると厳しい経済状況。
ある日、母は腕組みをして台所に立っていた。
突然、庭に行き、沢山の紫蘇の葉を獲ってきた。
大きな皿に山の様に盛られた紫や緑の葉の天婦羅。
食べても食べても満腹感には程遠い。
それでもご飯をおかわりした。
庭に開いた傘の様に丸く豊かに紫蘇が育っていた。
夕方、コンビニで買い物をして出て来ると、
「おっ!」
「こんにちは」と返すと、
いいところで会った、ご飯を食べに直利庵に行くから、
一緒にどうかと誘われ、二つ返事。
直ぐに肩を並べて歩いた。
その人は、私が午後に想った今の政治の事を語りだした。
みんな同じ様な想いなのだ。
Je ne pourrai jamais vivre sans toi (From "Les parapluies de Cherbourg") · Michel Legrand
中に入ると、誘った人は迷わず「オニオンそば」。
食べたかったらしい。
初めて食べた人はたいてい驚く。
オニオンなのに目の前に鰹節の山盛りの丼。
実は、その下にびっしりと甘い玉ねぎが敷かれている。
蕎麦は更にその下に隠れている。
出汁のきいたつゆにたっぷりの鰹節。
混ぜて食べるほどに味わい深くなる。
その人は、
「体にいいね、血液サラサラだ」とこちらを見る。
体を気遣い、美味しい事は素晴らしい。
オニオン蕎麦は老舗蕎屋直利庵の知る人ぞ知る逸品。
私は、母の天婦羅を思い出し、
直利庵の原点に帰った感じで天ざる。
真っすぐに伸びた薄衣の海老天や野菜たち。
この天つゆがまたいい。
天かすがつゆに零れ甘味が出る。
ひと口飲みたくなる。
品のよい蕎麦は言うことなし。
心地よく喉元を過ぎていく。
漆黒の海苔の風味もいい。
いつも直利庵の味は裏切らない。
あ~美味しい!
食べ終えて蕎麦湯。
女将さんと少し話した。
「今日は薔薇ですね」
と言うと、いただき物だと言う。
食べ終わった様子を見て
「珍しいですね、天ざる」と微笑む。
女将さんに送られて直利庵を後にした。
6月中に色々と昔の話を聞きに来よう。
帰り道、一緒の人に母の紫蘇の天婦羅の事を話した。
夜道に笑い声が響いた。
いつまでも笑うので私も笑った。
物価高で特に飲食店は大変だろうとその人が言う。
急に肌寒さを感じた。











