猫と恩返し | 水面に浮かぶ水銀の月

水面に浮かぶ水銀の月

下級役人から見た、教育現場の内実や子ども達との日々を、愛を込めて発信しています。

どっしりと落ち着いて、泰然とした

風体だったそのは近所の顔だった。



夕刻になると、マンションの

一階にある焼き肉店の子らが


「 ジュッリア〜ノ!ご飯だよー 」


と、彼(彼女?) を呼ぶ声が響く。




野良猫に寛容な地域だった。




妊娠中だったこともあって、私は

遠巻きに眺めるだけで、近寄らず


声をかけることもしなかったのだが

実は、猫は怖くて苦手だった。特に


あの、全てを見透かしていそうな瞳が。





自称、『 猫に育てられた男 』だった

夫は、ジュリ( 我が家での呼び名 ) に


何某かを与えたりして

可愛がっていたのだが


私と夫が二人で外に出た時には

ジュリは一切姿を現さなかった。





ほんの僅かしか暮らすことなく

その地域から越すことになって


お腹が大きくなった私だけ先に

実家に帰ることになった、前日。



一人、買い物から戻ると

階段近くにジュリがいた。



 いつも無視しちゃって悪かったな。

 ごめんね、ジュリアーノ。元気で…



そんなことを、心の中で呟き

呟き、階段を上ろうとすると


ジュリがサッと私の横を通り

抜け、階段を上がって行く。



 馴染みの家にでも行くのかな?



別段気にせず、慎重に

階段を上ろうとすると


数段上にいたジュリが


フッと立ち止まって

クルリと振り向いた。



 そして



私が追いついて来るのを

見守るようにして、また


数段先を行って、振り返る。




 … あれっ?



まるで、誘導してくれているか

のように、先を行き止まっては


振り返る様子に、ドキドキしてきた。




 そうして、



それまでに一度も私に近づかず、後を

ついて来ることもなかった、ジュリは


たくさんある扉の中から


夫と暮らす家をちゃんと

選び、ドアの前に座ると


風貌に似合わぬ

可愛らしい声で


「 にゃあ。」と鳴いた。





「 あ、あの、ちょっと待っててね!」



震える手で鍵を開け、煮干し

とミルクを慌てて用意すると


そんなに慌てなくたって、大丈夫

ですよ〜(笑)とでも言うように


玄関前でジュリは静かに座っている。



恐る恐るジュリの頭を撫でた。

猫に触ったのは初めてだった。





食べ終えて、静かに去ったジュリは

その後姿を見せることはなく、私も


その土地から離れてから

もう、30年以上が経つ。




あの時、お腹にいた息子は


どこに行っても何故だか、

異常に吠えられる… と苦笑する。




例え、走行中の車内であっても


轢かれた猫を見つけると

道路に飛び出し拾い上げ


お墓をつくっていたらしい、夫。



そうして弔ってもらった猫たちが


息子の背中を守ってくれて

いるのかもしれない、と思う。




ジュリも、何らかのネットワーク


きっと、私たちのことが

わかっていたに違いない。





あの厳かな、ジュリの仕草を

思い出すにつけ、やはり猫は


私にとって、可愛がりの対象ではなく


『 おそれおののく 』


畏怖の存在、なのであります。