外出先でのトイレ介助に泣けた頃 | 水面に浮かぶ水銀の月

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下級役人から見た、教育現場の内実や子ども達との日々を、愛を込めて発信しています。

五反田は、学生時代に

何かと縁のあった場所。



障がいを抱えるお子さん方と


あちこちへお出かけする

活動をしていたのですが


お出かけ活動に参加していた

ご家庭は、池上線沿線が多く


JRでの移動の際には

集まりやすかったので


よく、駅前で集合していました。



時は80年代 



そんな五反田駅に、何十年

振りかで降り立った、今秋。


私が知っていた五反田は

姿を消してしまっていた ガーン




歓楽街としても有名だったけど

 (⁠ ⁠˘⁠ ⁠³⁠˘⁠)⁠ ハイヒールキラキラ 口紅 (⁠´⁠ε⁠`⁠ ⁠) 飛び出すハート


ギラギラとはしていなくて


個性の強い面々が集っても

気楽な感じだったのにな〜



今の駅前では、あの当時

のようには集まれないや。



そして、あの頃の参加者の皆は

息災でいてくれているだろうか…





その当時のお出かけで
何が一番困ったかって

やっぱり、トイレ🚻 なんですよね。


身体が大きなお子さんは特に
生理が早く来ることが多くて

でも、自分では手当て出来ず
また、お腹も緩くなりがちで

狭い個室で、モロモロ処理
するのに、泣く思いだった〜


手で拭こうとしちゃうから 手うんち宝石赤


モロモロ触ってしまった手を
壁に擦り付けようとするのを

いかに興奮させずに
止めさせるか、とか

おトイレ介助は冬でも汗だく。


そんな状態だから

親御さんだけでは、近場の
お出かけでさえも、きっと

勇気の要ることだったでしょう。




品川にも寄ったのですが

品川も、もはや私の知る
駅じゃあなかった〜  魂
( 品川駅で集合の時もあった )


再開発で、益々別モノに
なってしまうのだろうな。


せっかく今は、広い個室の
トイレがあるのに、肝心の

本来そこを使うべき
の姿が全然見られない。


寂しいなぁ… なんて思いながら
ホームへの階段を下りていると


どデカいスーツケースを、ふたつ
えっちらおっちら、両手に持って
 パー 🧳ピリピリ パー 🧳ピリピリ

一段一段、階段を下りる
若い外国人のお姉さんが。


 うわぁ、大変そう〜〜

 手伝ってあげたいけど

 非力な私じゃ、余計な
 惨劇を生みそうだし 赤ちゃん泣き

( 落っことして、前を行く人に
 重症を負わせる… とか 驚き アセアセ )

 せめて、もう一人
誰かいてくれれば…


と、すると、まるで私の心
の声が聞こえたかのように

すぐ前を下りていた、若くて
可愛いお姉さんが振り向いた。


「 ひとつ持ちましょうか?」


そう言って、細い体で
スーツケースの一つを
持ち上げ、頼もしげに

人混みの階段を下りて行く。



 (⁠๑⁠♡⁠⌓⁠♡⁠๑⁠) ハッ


お姉さぁぁ〜〜ん! ラブラブ



思わず抱きつきそうになったが
そこはぐっと我慢した。よだれ 笑




若い人ほど、してやってる
感がなくて素敵だ。私とて

あの頃、「 やってあげてる 」
なんて、思ってもいなかった。

好きでやってただけだもの。



そう考えてみると、

若いうちはまだ、人の善が
自然に備わっているのかな。


そして本来は、

盾となって、それを守ることが
年寄りの役目なのかもしれない。