コラム わたしと受験ーこのシリーズは、自己紹介も兼ねて、くま先生こと私と受験の関わりを振り返ってみたいと思います。全10回の連載。毎週土曜日更新予定。


今回はくま先生の浜学園講師時代です。


    

コラム わたしと受験 目次

① 浜学園塾生編 その1
「全ての始まり」


② 浜学園塾生編その2
「学びの呼吸」


③ 大学受験編
「浜学園講師になるために京大目指す!?」


④ 【今回】浜学園講師編 その1
「講師への登竜門」


⑤ 浜学園講師編 その2 
「ハマる」

⑥法科大学院受験編
「満点宣言」

⑦司法試験受験編
「作戦勝ち」

⑧国家公務員試験受験編
「くま先生官僚になる」

⑨海外大学院受験編 
「最後はまさかの」

⑩まとめ
「受験で人生を切り拓け!」


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受験合格→さあ浜学園に電話だ(笑 


浜学園講師になるために京都大学に行くという謎の動機で大学受験に臨んだ思春期くま先生。


無事合格を見届けると、その場で早速浜学園に電話して、どうすれば講師になれるか聞きます。


いわく、まずペーパーテストを受けて、その後准講師登用試験(模擬授業)を受けもらう必要があるとのこと。



ペーパーテストはおそらく過去の小・中学生対象の模試を流用したもので、元浜学園塾生なら楽勝ですにっこり。


ただ、浜学園レベルのガチ中学受験を経験していない人にとってはなかなか難関なようで煽り、あとから聞いた話、現役京大生でもペーパーテストに落ちている人は結構いました。


ペーパーテストに合格したくま先生、准講師登用試験も「板書時の姿勢がいい(板書するときも生徒の方に自然と体を向けている)」と評価され無事突破キラキラ


これで国語科准講師(正規の授業はせず、正規講師の授業を見学しつつ、復習テストの実施やその解説講義を担当する先生。生徒からは「テストの先生」と呼ばれることが多いです)として浜学園講師への第一歩を踏み出したわけです。


大学生になって始めた一人暮らしの場所も、大学のある京都だと浜学園の各校舎にいくのが不便だろうということで、


大学からなんとか通えて(1時間程度)、浜学園の各校舎からも行きやすいところに家を借りる



という用意周到ぶりです(笑



講師への登竜門 〜徒弟制度の「勉強会」〜 


准講師が正規の講師になるには、


師匠となるべき講師(指導講師認定資格者)を見つけ、弟子入りをお願いする(師匠は複数いてもOK)

師匠の前で「勉強会」という名の模擬授業を行い、講評してもらう(師匠のほかに手が空いている先輩講師が同席することもあります)

師匠から、講師になってもOKとのお墨付きが出ると、教科主幹クラスの幹部による「見極め」を受ける

見極めに合格すると、幹部に加えて、講師配置を担当する事務方なども加えて行われる最終試験、通称「セレクション」を受ける


という道のりを通常経ることになります。長い無気力無気力。


さなから江戸時代の徒弟制度です。


私がいた頃は、大学生で准講師になった場合、1年以内に講師になれれば期待の新人扱いでした。


浜学園の公式サイトでも講師選抜の厳しさは宣伝されていますね。



※このピラミッド型の講師選抜をアピールする広告、私の講師時代に始まったものですが、ちょっと誇張が過ぎるよねと当時話題になりました(笑)。レベルアップチューターや模試監督をやる720人の全てが准講師(160人)を目指すかというと全然そんなことはなく、割が良くて負担の少ないアルバイトと割り切って、あえて(大変な)准講師や講師にならない人(主に大学生)もたくさんいました。他方、准講師になったのに講師を目指さない人は(一定数いるものの)少数派なので、本当に大変なのは、准講師160人→講師50人の最後の選抜ということになります。



数十回の勉強会を経て、無事講師へ 


この勉強会ですが、准講師側は無給驚きでしたし(指導講師側は少しだけ手当あり)、尊敬しているからこそ師匠になってもらった先輩講師から、自分の模擬授業の至らなさを厳しく詰められるという、メンタル的にもきつい修行です無気力。


ちなみに私は主に二人の先生に師匠になっていただきました。うち一人は河田喜博先生といって、現在も塾講師として駿台でご活躍のようです。



鍛えられること数十回、なんとか師匠にも認められ、見極め→セレクションと通って無事講師になったのは大学1年目の12月。


私の年の国語科では、最速の講師昇進にっこり(結局大学1年目で講師になれたのは2人だけ)でした。



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